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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)20号 判決 1956年9月11日

原告 相沢長三郎

被告 神奈川県選挙管理委員会

補助参加人 石井若三郎

主文

昭和三十年四月二十三日執行の神奈川県議会一般選挙の横浜市戸塚区選挙区における当選人石川重郎の死亡に伴い、同年五月十九日行われた同選挙の繰上補充選挙会で決定した繰上当選の効力に関する異議申立につき被告が同年八月八日なした決定を取り消す。

訴訟費用中被告補助参加人の参加によつて生じた分は同参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、昭和三十年四月二十三日執行された神奈川県議会議員一般選挙における横浜市戸塚区選挙区において、石井若三郎、石川重郎、片岡勝治及び原告の四名が立候補し、

石井若三郎  六、九五六票

石川重郎   七、六一六票

片岡勝治  一〇、六五〇票

原告     六、九七一票

の有効投票を得、同月二十五日の選挙会(選挙長、森川寅卯)において、片岡勝治、石川重郎の両名を当選人、原告を次点者と定めた。

しかるに、右石川重郎は昭和三十年五月十日死亡したため、同年五月十九日戸塚区役所楼上において開かれた神奈川県議会議員一般選挙繰上補充選挙会(選挙長森川寅卯)において次点たる原告の繰上当選を決定し、被告神奈川県選挙管理委員会は、同月二十日原告に当選決定を通知し、同月二十五日原告に当選証書を交付した。

二、しかるに鈴木与助、森宏、飯島圀光の三名は、原告の当選の効力に関し、昭和三十年五月二十一日異議の申立をなしたところ、被告は、同年八月八日「昭和三十年四月二十三日執行神奈川県議会議員一般選挙の横浜市戸塚区選挙区における当選人石川重郎の死亡に伴い同年五月十九日行われた同選挙の繰上補充選挙会に於て決定した相沢長三郎の当選を無効とする。」と決定し、その理由として、さきに横浜市戸塚区選挙区選挙会の決定した原告の有効投票中九票を無効とし、無効投票中より四票を原告の有効投票とし、原告の総得票を六、九六六票とし、無効投票中より六十九票を、石川重郎の有効投票として計算されたもののうち一票を、それぞれ石井若三郎の有効投票とし、石井若三郎の総得票を七、〇二六票とし、石井若三郎の得票は原告の得票より多数であるので、原告を繰上当選人としたのは誤りで原告の当選は無効であると、右決定を昭和三十年八月十九日神奈川県公報第二六五三号を以て告示した。

三、しかしながら、右決定理由中において

(一)  原告の有効投票中、被告が無効投票と判定した。

(イ)  当相沢長三郎と記載した投票一票

(検甲第四九号証)

(ロ)  カイザると記載した投票一票

(検甲第五〇号証)

(ハ) いば八と記載した投票二票

(検甲第五一、五二号証)

(ニ)  おBざちりよりと記載した投票一票

(検甲第五三号証)

(ホ) と記載した投票一票

(検甲第八六号証)

(ヘ)  マイと記載した投票一票

(検甲第八七号証)

(ト)  アエザと記載した投票一票

(検甲第八八号証)

(チ)  (表面)相沢長三郎、(裏面)必勝当選と記載した投票一票

(検甲第一一八号証)

は、いずれも公職選挙法第六十七条の趣旨に照し原告の有効投票と判定すべきものである。

(二)、無効投票中被告が石井若三郎の有効投票と判定したところの、(イ)石井若三郎と記載したもの五十八票、(ロ)イシカワワカサブローと記載したもの一票、(ハ)イシカワワカサブロウと記載したもの一票、(ニ)いしかわわかさぶろうと記載したもの一票、(ホ)石井長三郎と記載したもの二票、(検甲第四六号証、第八五号証)(チ)、石川わかさぶらうと記載したもの一票、(リ)、石川わか三郎と記載したもの一票、(ヌ)、石川ワカ三郎と記載したもの一票、(ル)、いしかわわか三郎と記載したもの一票は、いずれも公職選挙法第六十八条第七号、又は同条第三号に該当する無効投票である。「石川若三郎」なる投票は、選挙人が候補者石川重郎及び石井若三郎の両者に義理立てのために、両候補者の姓と名とを混記した場合が最も多いと思われる。又少くとも、そのある部分の投票は、石川姓を有する候補者本件においては石川重郎が立候補していることを意識して、同人に投票する意思をもつて記載されたものと思われる。従つて「石川若三郎」なる投票は、混記でなければ、何人を記載したか不明のものである。(ヘ)、いイ、(検甲第四八号証)(ト)いハカ(検甲第四七号証)と各記載した一票ずつは、同法第六十八条第七号に相当する無効投票であり、(オ)イシワカと記載した一票(後出四(一)(ホ)又は(ヌ))は、石川と誤記したものと認めるのが相当で、石井若三郎に対する投票と判定すべきでない。

四、さらに検証の結果によれば、以上の外

(一)石井若三郎の有効投票とせられたもののうち、

第一開票区で見出された

(イ) と記載した投票

(検甲第一号証)

(ロ)  石井三郎と記載した投票二票

(検甲第二、三号証)

(ハ) 郎と記載した投票一票

(検甲第四号証)

(ニ)  いしひさぶろうと記載した投票一票

(検甲第五号証)

(ホ)  イシワカと記載した投票一票

(検甲第六号証)

(ヘ)  右井三郎と記載した投票一票

(検甲第七号証)

(ト)  いしわさと記載した投票一票

(検甲第八号証)

(チ) 井石若と記載した投票一票

(検甲第九号証)

(リ)  石井と記載した投票一票

(検甲第一〇号証)

(ヌ)  イシワカと記載した投票一票

(検甲第一一号証)

(ル)  イシカワワカサブコウと記載した投票一票

(検甲第一二号証)

(ヲ)  石川三郎と記載した投票一票

(検甲第四二号証)

があり、第二開票区で見出された

(ワ) と記載した投票一票

(検甲第五四号証)

(カ) と記載した投票一票

(検甲第五五号証)

(ヨ) しいわかさまと記載した投票一票

(検甲第五六号証)

(タ)  石井さんと記載した投票一票

(検甲第五七号証)

(レ)  石井ワカサと記載した投票一票

(検甲第五八号証)

(ソ)  石井若三郎様と記載した投票一票

(検甲第五九号証)

(ツ)  石井三郎と記載した投票一票

(検甲第六〇号証)

(ネ)  イシエと記載した投票一票

(検甲第六一号証)

(ナ)  トシ人と記載した投票一票

(検甲第六二号証)

(ラ) 井と記載した投票一票

(検甲第六三号証)

(ム)  イ井コカセノと記載した投票一票

(検甲第六四号証)

があり、第三開票区で見出された

(ウ) と記載した投票一票

(検甲第九一号証)

(ヰ)  石井ワカサンと記載した投票一票

(検甲第九一号)

(ノ)  石井さんと記載した投票一票

(検甲第九三号証)

(オ)  いしはさロと記載した投票一票

(検甲第九四号証)

(ク)  イワカサグと記載した投票一票

(検甲第九五号証)

(ヤ)  一シイと記載した投票一票

(検甲第九六号証)

(マ)  石と記載した投票一票

(検甲九七号証)

(ケ)  イシイマと記載した投票一票

(検甲第一一五号証)

が存在するほか、被告が無効投票中から石井若三郎の有効投票と判定した前示石川若三郎、と記載した投票五十八票以外

(フ)  同様記載した投票六票(検甲第一三ないし四九号証中、四票、検甲第九八ないし一一四号証中二票)

(内訳第一開票区四票第二開票区二票)

が存在するところ、以上三十八票は無効投票とすべきものであり、

(二)、無効投票中、第二開票区で見出された

(コ) 相沢重郎と記載した投票二票

(検甲第八九、九〇号証)

第三開票区で見出された

(エ)  イと記載した投票一票

(検甲第一一九号証)

(テ) アイカワと記載した投票一票

(検甲第一二〇号証)

(ア) あいざわきよいちと記載した投票一票

(検甲第一二一号証)

(サ) 相沢重一と記載した投票一票

(検甲第一二二号証)

(キ) 相沢重郎と記載した投票一票

(検甲第一二三号証)

の七票は、原告の有効投票とすべきものである。

このように判定して計算するときは、

石井若三郎の有効投票は、六、九一九票

原告の有効投票は、六、九八二票

となり、原告に対する有効投票は、石井若三郎に対する有効投票よりも多いこととなり、石川重郎の死亡によつて繰上当選人と決定さるべきものは、原告である。それ故五月十九日の選挙会で原告を当選人と決定したことは正当であつて被告がなした右選挙会で決定した原告の当選を無効とする旨の決定は違法として取消さるべきものである。」と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「原告主張事実につき、一、二、の事実を認める。三の事実中、被告が原告主張の投票をそれぞれ無効投票及び石井若三郎の有効投票と判定したことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。被告の判定理由は決定書(乙第一号証)記載のとおりであつて、

(一)(イ) 当相沢長三郎と記載された投票(検甲第四九号証)は、氏名の右上に記入された「当」の文字は明らかに他事記載であり、

(ロ)  イおザ(検甲第五〇号証)、

(ハ)  いば八、(検甲第五一、五二号証)、

(ニ) お乃ざちりより(検甲第五三号証)と記載された投票は、全体の記載体裁からみて何人に投票したか確認し難いものというべきであり、これを原告の有効投票とすることは牽強附会のそしりを免れない。

(ホ)  と記載された投票(検甲第八六号証)は、欄外に記入されたモールス符号のような記号は明らかに他事記載であるから無効である。

(ヘ) マイと記載された投票(検甲第八七号証)「」が他事記載であるから無効である。

(ト) アエザと記載された投票(検甲第八八号証)は、末尾の文字を「ゑ」の誤記と見ても、単なる符号と見ても他事記載であることは明らかであるから無効である。

(チ) (面表)相沢長三郎、(裏面)必勝当選と記載した投票(検甲第一一八号証)は、裏面の文字が有意の他事記載であることは明らかであるから無効である。

(二) (イ)石川若三郎、(ロ)イシカワワカサブロー、(ハ)イシカワワカサブロウ、(ニ)いしかわわかさぶろう、(ホ)石井長三郎(チ)石川わかさぶらう、(リ)石川わか三郎、(ヌ)石川ワカ三郎、(ル)いしかわわか三郎と各記載した投票は、他に石川重郎という候補者があつたとしても、これをもつて直ちに石井、石川の混記として無効とすべきでなく、これを一般的に判断すれば、石井石川なる文字は、その字体において、或いは判別すべき認識においてもその近似により極めて誤認せられ誤記せられる可能性が強いというべきであり、現に全投票中、石川若三郎又は石川石河と書き、川、河を井と訂正したもの十六票、石井重郎又は石井と書き、井を川と訂正したもの十八票を算する事実は、これを優に裏書きするものである、この場合むしろ当該投票に記載された氏名の一体的観察よりして、その選挙人の意思を推測尊重して判定するのが相当であつて、この観点よりこれを石井若三郎の誤記と認め、石井若三郎の有効投票と解する。

(ヘ) いイと記載した投票(検甲第四八号証)は「いしイ」と書くべきところ「し」の字を脱落したもので、選挙人の意思は石井を記載しようとしたものと認められる。

(ト) 石いハカとした記載した投票(検甲第四七号証)は、「石井若(いしいわか)」と読むべきもので、石井若三郎の有効投票である。

(オ) イシワカと記載した投票は、石川の誤記として判定されていたものと推断するのであるが、選挙人の意思は石井若三郎の氏及び名の一字をとり、「イシワカ」と省略仮名書したものとみるべきが至当であつて、有効票中「石若」と記載したものが一票、他に相沢長三郎の有効得票中「相長」と記した投票が十票あり、又従来よりその類例も少くないところであつて、これらの点から判断して石井若三郎の有効投票と解する。なお「石若」は石井若三郎の通称であつて、同人は、「若さん」、「石井若さん」、「石若さん」の名で通常呼ばれている。

なお又、原告主張の石川重郎及び石井若三郎の両者に義理立てのため一方の姓と他の名を併記する如きは、現在の選挙事情より判断し、政治意識が相当高度化した本件選挙区の如き都会地にあつては考えられないところである。しかも石川、石井両候補者は所属政党を異にし、旧本より所謂地盤を別にしたもので、本件選挙区においては、かゝる義理立ての風習はなかつたものである。これに反する東神民報の記事があるが、右新聞は従前新聞として発行せられたことのないものであり、その記事内容も創造か、憶測に過ぎないものである。」と述べた。

(証拠省略)

被告補助参加代理人は、被告のため、

「(一) 石川若三郎と漢字又は仮名書きあるいは仮名交り書きにて記載したものは、いずれも石井若三郎の誤記と認むべきものである。石井と石川とは、その文字の字体において、又その読み方、あるいは又音読の響きにおいて頗る相近似しているために、石井を石川に石川を石井に誤記、誤認したり、呼び誤ることは、実際に如何なる人にもしばしばあることで、誤記誤認の可能性が極めて強い。石井若三郎と石川若三郎との文字の上の差異は、五文字中僅かに井と川の一文字のみであつてこのような誤記は一般に有り勝ちのことであり、特に選挙場の如き混雑し、落ち着きのないときには、他の普通のときよりも甚しかるべきことで、それは全投票の記載は誤記が夥しいことからも十分に肯けることである。従つてその投票の記載上から一体的観察を下して投票者の意思を考え、誤記と判断すべきであり、その道理は、仮名書き、又は仮名交り書の場合も同様である。

(二) 「石川若三郎」と記載した投票が石川重郎と石井若三郎の両候補者に義理立ての為故意に混記したものであるとの見解があるけれども、何の根拠もないことである。このような趣旨の証言は単なる想像であり、この趣旨の新聞記事の如きも、何らか特別な意図に出た記事と思われる。投票は無記名であるから混記の事実は何人に知られることがなく、かつ混記投票は無効であることは常識的にも考え及ぶべきことであるから、混記をしても義理立ての効果は現われないのである。従つてこのような無意義なことが行われる道理はない。しかのみならず、近時国民は、民主政治の下、政治的思想、自覚次第に高掲進歩の跡著しく、一般有権者は、その清き一票の投票権を自由かつ有意義に行使して、国民生活の向上、国力の発展に資せんとする意欲に燃えているのであるから、このような義理立混記のような妥協的無意義の投票をするが如きことがあるとは、到底考えられない。

これをもつて混記なりとした戸塚区選挙管理委員会の「投票効力の判定基準」なる印刷物は、指導の行き過ぎであり、不当である。

(三)  公職選挙法第六十七条の法意は、投票の効力の決定は、その投票の選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするにある。従つて「石川若三郎」(仮名書又は仮名交り書の分をふくむ)とある投票は、義理立てのための混記のような無意義の投票ではなく、石井若三郎の誤記であると解することが、投票者の意思に合致するものである。

(四)  しからば、被告決定のように、第一開票区の「石川若三郎」二十五票、「イシカワワカサブロー」、「イシカワワカサブロウ」、「いしかわわかさぶろう」各一票、計二十八票、第二開票所の「石川若三郎」十八票、「石川わかさぶろう」、「石川わか三郎」各一票、計二十票、第三開票所の「石川若三郎」十五票、「石川ワカ三郎」「いしかわわか三郎」各一票、計十七票、以上合計六十五票は、石井若三郎の有効投票であり、被告並びに補助参加人が、検証手続において原告の有効投票中から抽出した疑義票三十五票は無効と判定すべく、さらに、無効投票中から疑義票として抽出した八票は石井若三郎の有効投票と判定すべきものである。

以上検討の結果によれば、本選挙区の有効投票は、

石井若三郎  七、〇三四票

石川重郎   七、六四六票

片岡勝治  一〇、六四五票

原告     六、九三一票

で、石井若三郎の得票は、原告の得票数よりも明らかに多数で、第三位であるから、第二位の石川重郎の死亡のため、石井若三郎が次点に上ることとなる。それ故昭和三十年五月十九日の繰上補充選挙会において、原告を当選人と決定したのは、誤りであり、これが当選は無効としなければならないものである。」と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が昭和三十年四月二十三日執行された神奈川県議会議員一般選挙に際し、同県横浜市戸塚区選挙区において立候補したこと、右選挙区において立候補した者は、石井若三郎、石川重郎、片岡勝治及び原告の四名で、開票の結果

石井若三郎  六、九五六票

石川重郎   七、六一六票

片岡勝治  一〇、六五〇票

原告     六、九七一票

の有効投票を得、同月二十五日の選挙会において、片岡勝治、石川重郎の両名を当選人、原告を次点者と定められたこと、石川重郎が昭和三十年五月十日死亡したため、同年五月十九日開かれた繰上補充選挙会において原告の繰上当選を決定し、被告が同月二十日原告に当選決定を通知したこと、鈴木与助外二名が、同年五月二十一日右選挙会において決定せられた原告の当選の効力に関し異議の申立をしたところ原告主張の理由で被告が同年八月八日原告の当選を無効とする旨決定し、同月十九日の神奈川県公報を以て告示したことは、当事者間に争のないところである。

よつて、被告のなした原告の当選を無効とする旨の決定の当否につき、以下これを判断する。

(一)  被告は、

(イ)  当相沢長三郎と記載した投票、一票

(検甲第四九号証)

(ロ) イザと記載した投票、一票

(検甲第五〇号証)

(ハ) いば八と記載した投票、二票

(検甲第五一、五二号証)

(ニ)  お乃ざちりよりと記載した投票、一票

(検甲第五三号証)

(ホ) と記載した投票、一票

(検甲第八六号証)

(ヘ)  マイと記載した投票、一票

(検甲第八七号証)

(ト)  アエザと記載した投票、一票

(検甲第八八号証)

(チ)  (表面)相沢長三郎(裏面)必勝当選と記載した投票、一票

(検甲第一一八号証)

をいずれも無効としているので、按ずるに、検証(第一、二回)の結果によつて考えると、右(イ)の投票における「当」、(ホ)の投票における欄外の(チ)の投票の裏面の「必勝当選」の記載は、いずれも意識的な記載と見るのが相当で、公職選挙法(以下「法」と略称する)第六十八条第一項第五号に許容せられている職業、身分、住所、敬称の類と趣を異にするものであり、被告が右(イ)(ホ)(チ)の各投票を無効としたのは相当である。次に、(ロ)、(ハ)、(ニ)の投票は公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの(法第六十八条第一項第七号)にあたるものと判断するのが相当であり、(ヘ)の上の二文字は「アイ」と読むことができるけれども、第三字「」は如何とも判読し難く、しかもこれをもつて無意識に附した汚染、墨点とも認め難いから、これを意識的になした他事記載と認めるのが相当である。従つて、これをもつて法第六十八条第一項第五号により無効とした被告の判定は相当である。次に第二回検証の結果(検甲第八八号証)によれば(ト)の上三字は、明らかに「アエザ」と読むことができるものであり、第四字は「者」の草書体と判定するのが相当である。しかして「者」の草書体が「は」の変体仮名として世上今なお使用されていることは、当裁判所に顕著なところであり「者」を「は」と訓ずることは、古くより行われたところであり、現代日本語においては「てにおは」の「は」が「わ」と発音せられているのであるから、右(ト)の投票をなした選挙人は「アエザワ」と書く意思であつたものと認めるのが相当であり、「アエザワ」は、方言において「エ」と「イ」が混同せられていることから考えても、原告の姓「相沢」を意味することは、疑を容れないところである。従つて右投票は、これを原告の有効投票とするのが相当であつて、被告の判定は失当である。

(二)  被告は、

(イ)  石川若三郎と記載した投票       五十八票

(ロ)  イシカワカカサブローと記載した投票    一票

(ハ)  イツカワワカサブロウと記載した投票    一票

(ニ)  いしかわわかささぶろうと記載した投票   一票

(ホ)  石井長三郎と記載した投票         二票

(チ)  石川わかさぶらうと記載した投票      一票

(リ)  石川わか三郎と記載した投票        一票

(ヌ)  石川ワカ三郎と記載した投票        一票

(ル)  いしかわわか三郎と記載した投票      一票

をいずれも石井若三郎の得た有効投票と判定しているので以下その当否を判断する。

本件選挙において、石川重郎と石井若三郎、相沢長三郎(原告)なる候補者があつたことは当事者間に争のないところである。しかして右(イ)ないし(ル)の投票を見るに、姓と名とが、現に立候補している候補者の二人の姓と名との一をとつて、これを記載していることが明らかである。すなわち(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、(チ)(リ)(ヌ)(ル)は、石川重郎の姓と、石井若三郎の名の組合せであり、(ホ)は石井若三郎の姓と相沢長三郎の名との組合せである。このような場合、投票の記載自体からすれば、選挙人の意思が、二候補者のうちのいずれの一人に投票するつもりであつたかは判らないのであつて、そのうちの一人を指すことが明白であるとするためには、それが一候補者の氏名の誤記であることにつき何人も相当とするだけの特段の事情がなければならない。被告は、特段の事情として前示「石川若三郎」なる投票につき、(イ)石井と石川とは、その字体において、あるいは判別すべき認識において、その近似性により極めて誤認せられ、誤記せられる可能性が強いこと、(ロ)全投票中石川若三郎又は石川、石河と書き、川、河を井と訂正したもの十六票、石井重郎又は石井と書き井を川と訂正したもの十八票あること、(ハ)記載された氏名の一体的観察から石井若三郎の誤記と認められること、を挙げているけれども、検証の結果によれば、石井重郎なる投票(検乙第二号証の一ないし六)も存在するのであつて、選挙人において「石川若三郎」と記載した場合、姓に重きにおいて石川重郎を意味しようとしたものか、名に重きをおいて石川若三郎を意味しようとしたものか、疑問を入れる余地なしとしない。また(ホ)の石井長三郎の場合も同様である。証人佐藤岩蔵の証言によれば、「石川若三郎」なる投票を有効としてこれを石井若三郎と石川重郎とに分けることができないのであろうかとの意見が、選挙人の間にあつたことが認められ、これは「石川若三郎」なる投票は、石井若三郎を意味するとも、石川重郎を意味するも、軽々に判断し難いことを指すものと解する一資料たるを失わないものである。現に当審で調べた証人の証言も「石川若三郎」を以て、石川重郎と石井若三郎の混記となすものもあり(証人露木五郎、水本辰隆、川口薫、佐伯栞、中木二郎、中出善作の各証言による。)、石井若三郎の誤記となすものもある(証人鈴木鶴吉、飯島正一、鈴木与助、飯島圀光、渋谷大助、関口雅雄の各証言による。)のであつて、たとい「石川若三郎」と記載した投票が比較的多数存在し、又、川、河を井と訂正し、井を川と訂正した投票が多く見受けられたからといつて、さらに「石川若三郎」と「石井若三郎」はたつた一字ちがいであるからといつて前記(イ)ないし(ル)の投票は、すべて石井若三郎の氏名の誤記であるとなすことはできず、殊に(ロ)(ハ)(ニ)(ル)の各投票は、投票者が認識の誤りから「イシイ」「いしい」と記載すべきところをあやまつて「イシカワ」「いしかわ」と記載したとしても、本来投票の効力はその表示されたところに従つて判定すべきものであつて、かかる意思と表示の不一致を理由とする主張を許さないのであるから、これをもつて石井若三郎の有効投票であると認めるに由なく、ひつ竟前記(イ)ないし(ル)の投票は、これを石井若三郎(仮名書、仮名交り書を含む)の誤記であつて、同人の有効投票であると認むべき特段の事情の存在することにつき証拠が十分でないものというのほかなく、このように誤記であるものとそうでないものとを区別しがたい以上、全体として現に立候補している二候補者の氏と名とを混記したものと見るか、または、候補者の何人に投票したかを確認し難いものとして、法第六十八条第三号、または、同条第七号にあたるものとして無効とするのが相当である。因より投票の効力を判定するにあたつては、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならないことは当然であるが、本件においては、その投票した選挙人の意思が明白であるということはできないのであるから、右(イ)ないし(ル)合計六十七票はこれを無効とするのほかないのである。

次に(ヘ)「いイ」と記載した投票(検甲第四八号証)について按ずるに、本件選挙の候補者は、石井若三郎、石川重郎、片岡勝治、相沢長三郎(原告)の四人であつて、「いイ」なる投票は、石井以外には、類似音を有する候補者がないことから考えて、選挙人が「いしイ」と書く意思で「し」を脱落したものと解するのが最も自然的であるから、これを以て選挙人の意思は、石井若三郎に投票するにあつたことが明白であると判断する。

次に(ト)いハカと記載した投票(検甲第四七号証)は、検証の結果によれば、「石いハカ」と判読するのが相当で、「ハ」は、助字としては「ワ」と発音せられておることから考え、「石井若」すなわち石井若三郎を意味するものと解するのが相当で、選挙人の意思は、石井若三郎に投票するにあつたことが明白である。

次に、(オ)イシワカと記載した投票(検甲第六号証又は同第一〇号証)については、証人日高巳之助、小山田軍之助の証言によつて、石井若三郎が「石若」と称せられていることが認められるから、選挙人の意思は、石井若三郎に投票するにあつたことが明白であると判断する。

よつて以上(ヘ)(ト)(オ)の三票は、石井若三郎の有効投票というべきである。

(三)  原告は、検証手続において、石井若三郎の有効投票から抽出した三十八票は無効であり、無効投票から抽出した七票は原告の有効投票であると主張しているので、以下その当否について判断する。

まず、検証(第一、二回)の結果によれば、原告主張の(イ)ないし(キ)のとおり記載した投票の存在することは明らかである。よつて、順次これを検討するに、

(イ) なる投票(検甲第一号証)は、ローマ字にて、「イシエ」と判読することができ、かつ右端の点は、誤つて附したものと認めるのが相当であり、「イ」と「エ」との方言の上の混同があることは明らかであるから右は石井若三郎の有効投票と認めるのが相当である。

(ロ)  石井三郎なる投票(検甲第二、三号証)、(ハ)の石井三郎と判読せられる投票(検甲第四号証)、(ニ)の「いしひさぶろう」なる投票(検甲第五号証)(ヘ)の石井三郎と判読せられる投票(検甲第七号証)は、いずれも、石井若三郎に投票する意思の選挙人が「若」なる文字を脱落したものと認めるのが相当であるから、石井若三郎の有効投票と認めるのが相当である。

(ホ)及び(ヌ)の「イシワカ」と記載した投票(検甲第六号証、第一一号証)(マ)の石若と判読せられる投票(検甲第九七号証)は、前段(二)の(オ)において述べたと同一理由により石井若三郎の有効投票と認むべきものである。(右二票のうちのいずれか一票が右(二)の(オ)の投票である。)

(ト)の「いしわさ子」なる投票(検甲第八号証)は、「いしわさ郎」と判読するのが相当で、石井若三郎の有効投票と認めるべきである。

(チ)の投票(検甲第九号証)は、「石井石若」と判読することができ、石井と石若と二重に記載したもので、石若が石井若三郎を意味するものと解せられること前段説示のとおりである以上、(チ)の投票もまた石井若三郎の有効投票と認むべきものである。

(リ)の投票(検甲第一〇号証)は、石井若郎と判読することができるから、「三」を誤つて脱落したものと認められ、石井若三郎の有効投票とするのが相当である。

(ル)(検甲第一二号証)、(オ)(検甲第四二号証)、(フ)(検甲第一三ないし四九号証、同第九八ないし一一四号証中、前示(二)(イ)の五十八票を除いた残余六票)は、いずれも、石川若三郎と読むべきもので、以上八票は、前段説示のとおり無効投票とすべきものである。

(ワ)の投票(検甲第五四号証)は、石川と書いたのを抹消し、石井若三郎と記載したもの、(カ)及び(ウ)の投票(検甲第五五号証、同第九一号証)は、内山岩太郎と書いたのを抹消して石井若三郎と記載したもので、証人中木二郎の証言によれば、本件選挙と同時に神奈川県知事選挙が行われたことが認められ、内山岩太郎が知事の候補者であつたことは、当裁判所に顕著であつて、選挙人は、はじめの記載の誤りを発見して、これを抹消し、選挙しようとする候補者の氏名を記載したものと認めるのが相当で、右は有意の他事記載にあたらないことが明らかであるから、これを石井若三郎の有効投票とすべきものである。

(ヨ)の投票(検甲第五六号証)は、「いしいわかささま」と判読せられ、「石井若」なる氏名に敬称を附したに止まり、石井若三郎の有効投票とすべきこと明らかである。

(タ)及び(ノ)(検甲第五七号証及び第九三号証)は、石井なる姓に、「さん」なる敬称を附したもの、(レ)の投票(検甲第五八号証)は、石井ワカサンと判読せられ「若」なる石井若三郎の名の一字に敬称を附したもの(ソ)(検甲第五九号証)は、石井若三郎に「様」なる敬称を附したもの(ヰ)(検甲第九一号証)は、「石井ワカ」に「サン」なる敬称を附したもので、いずれも石井若三郎の有効投票と認めるのが相当である。

(ナ)の投票(検甲第六一号証)は、「イシエ」と記載してあるが、これが石井を意味することは、方言に「イ」と「エ」の混同があることから考えて明らかであり、(ナ)(検甲第六二号証)(ラ)(検甲第六三号証)の投票は、いずれも「イシイ」及び「石井」と判読さるべきもので、いずれも、余分の字劃があるけれども、いずれも意識的な他事記載とは認めることができない。それ故以上はすべて石井若三郎の有効投票と認めるべきものである。

(ツ)の投票(検甲第六〇号証)は、「石川岩三郎」と記載したものを、「川」を抹消して「井」と書き入れたものと認められ、「岩」は「若」の書き誤りであると認めるのが相当であるから、選挙人の意思は石井若三郎に投票するにあつたことは、明らかであるというべく、石井若三郎の有効投票とするのが相当である。

(ム)の投票(検甲第六四号証)は、大観すれば、石井若三郎を意味する文字を記載したものであることが明らかであり、

(オ)の投票(検甲第九四号証)は、「いしはかさぶろ」と判読せられ、

(ク)の投票(検甲第九五号証)は「イシイワカサブ」と判読せられ、

(ヤ)の投票(検甲第九六号証)は「イシイ」と判読せられ、いずれも選挙人の意思は石井若三郎に投票するにあつたことが明らかであるから、いずれも石井若三郎の有効投票となすべきものである。

(ケ)の投票(検甲第一一五号証)は、「イシイサマ」と記載しようとして「サ」を脱落したものと認めるのが相当で、「マ」はこれを敬称と解し、これを石井若三郎の有効投票とすべきものである。

次に、(コ)及び(キ)の相沢重郎なる投票(検甲第八九、九〇、一二三号証)は、原告の姓と、対立候補者である石川重郎の名から成り立つているもので、前段に説示したところの「石川若三郎」なる投票を無効にしたと同一理由により、これを無効投票とするのが相当である。

(エ)の「イ」と記載した投票(検甲第一一九号証)(テ)の「アイカワ」と記載した投票(検甲第一二〇号証)は、他に「石井」又は「石川」なる候補のあることから考え、原告を選挙せんとしたものであるとは速断し難いから、法第六十八条第一項第七号にあたるものとして無効とするのが相当である。(ア)の「あいざわきよいち」と記載した投票(検甲第一二一号証)、(サ)の「相沢重一」と記載した投票(検甲第一二二号証)は、他に「石川重郎」という候補者があることから考え、「重一」の「重」は「重郎」の重にも通じ、「きよいち」は「ちよいち」の誤りとも解せらるべく、いずれにしても、原告を意味することが明らかでないから、法第六十八条第一項第七号にあたるものとして無効とすべきものであり、仮にそうでないとすれば、候補者でないものの氏名を記載したものか、又は他事を記載したものとして、同条項第一号又は第五号に該当し無効とすべきものである。

(四)  さらに、補助参加人は、検証手続において原告の有効投票から抽出した疑義票三十五票を無効であると主張しているので、その当否について判断する。

検証(第一、二回)の結果によれば、被告が原告の有効投票と判定したもののうち、

第一開票区において、

(イ)  相長と記載した投票 十票

(検丙第一ないし一〇号証)

(ロ)  あいと記載した投票 一票

(検丙第一一号証)

(ハ)  相長三郎と記載した投票 一票

(検丙第一二号証)

(ニ) と記載した投票 一票

(検丙第一三号証)

(ホ)  あいさちと記載した投票 一票

(検丙第一四号証)

(ヘ) 長と記載した投票 一票

(検丙第一五号証)

(ト)  「相アイザワ一ケンカイ」と記載し、かつ欄外に「44」と記載した投票 一票

(検丙第一六号証)

(チ)  アイザフフカサブロと記載した投票 一票

(検丙第一七号証)

が存在し、第二開票区において、

(リ)  相長 と記載した投票 四票

(検丙第二四ないし二七号証)

あいぎねち木子と記載した投票 一票

(検丙第二八号証)

(ル)  相沢長三と記載した投票 一票

(検丙第二九号証)

(オ) あざと記載した投票 一票

(検丙第三〇号証)

(ワ)  あいざわと記載した投票 一票

(検丙第三一号証)

(カ) と記載した投票 一票

(検丙第三二号証)

(ヨ) よざはサボロと記載した投票 一票

(検丙第三三号)

(タ)  なかさふるうと記載した投票 一票

(検丙第三四号証)

(レ)  あいぎわかさぶろうと記載した投票 一票

(検丙第三五号証)

が存在し、第三開票区において、

(ソ)  相長と記載した投票 二票

(検丙第三六、三七号証)

(ツ) と記載した投票 一票

(検丙第三八号証)

(ネ) と記載した投票 一票

(検丙第三九号証)

(ナ) 三十と記載した投票 一票

(検丙第四〇号証)

(ラ)  マイザと記載した投票 一票

(検丙第四一号証)

が存在することを認めることができる。

右のうち、(イ)(リ)(ソ)の相長と記載した投票は、

原告が通称相長と呼ばれていることが、証人吉野秀一、中丸市太郎、長相徳次の証言によつて認められるから、右は原告の通称を記載したものとしてその有効投票と認めるを相当とすべく(ニ)、(ヘ)、(ツ)はいずれも字劃が正確でないけれども、相長と記載する意思であつたことが明白に認められるので、前同様の理由により原告の有効投票と認むべきである、(ロ)、(ホ)、(オ)、(カ)はいずれも、他の候補者の氏名と対照するときは、原告を指したものであることが明らかであるから、これまた原告の有効投票とすべきものである。(ハ)の投票には、相の字の作りの一劃が筆勢あまつて輸を画いているけれども、右は運筆の誤りと認めるのが相当で、有意の他事記載ではないものと認められるから、原告の有効投票とすべきものである。(ト)の投票は、相と記載した上、その左に「アイザワ一ケンカイ」と附記したもので、「ケンカイ」なる記載は証人中木二郎の証言によれば、同日同一場所で神奈川県知事、同県議会議員、横浜市長、同市議会議員の選挙が同時に行われたことが認められるから県会議員選挙の候補者たることを指示するために記載したに過ぎないものと認められ、「アイザワ」と「ケンカイ」との間の「一」も相沢と県会とを区分するために付したに過ぎないものと認めるのが相当で、「一ケンカイ」はともに意識的な他事記載にあたらないものとするのが相当であり、「アイザワ」なる記載は、相なる漢字が正確かどうかに疑をおこし、さらに正確を期するための記入と認められるから、これまた意識的な他事記載にあたらないものである。しかして右投票の欄外左隅に記載された「44」なる記載は、候補者氏名欄の筆蹟とは全く運筆を異にするもので、投票後何人かの手によつて記入されたものと認めるのが相当である。従つて法第六十八条第一項第五号の他事記載にはあたらないものであるから、右(ト)の投票は、原告の有効投票と認めるべきものである。(チ)の投票は、原告の姓と他の候補者石井若三郎の名とを書いたものと認められ、前段(ニ)に説示したと同様の理由で無効投票と認むべきものである。(ヌ)の投票は「あいざわちよう」と判読することができる。さらに右投票は、「あ」を書き損じて訂正したことが認められるけれども、右は他事記載と認めるべきでないから、右投票は、原告の有効投票と認むめるべきものである。(ル)の投票は、明らかに相沢長三郎と判読せられるから、原告の有効投票と認むべきものである。(ワ)の投票は、「あいざわに」と判読できる。「」は変態仮名で「に」を意味することが明らかであるから、これをもつて誤つて無意味の記載をしたものとは認め難く、意識的な他事記載として、投票を無効ならしめるものというべきである。(ヨ)の投票は、「ちよざはサボロと判読できるところ、右は、立候補した四名の候補者の氏名と対照し、「長三郎」を意味するものと解するのが相当であるから、原告の有効投票というべきである。(タ)の投票は、「なかさふるう」とあり、原告の名長三郎は、「ながさぶらう」とも読むことができることから考えると、選挙人の意思は原告に投票するにあつたと認めるのが相当である。(レ)の投票は、相沢若三郎と判読できるから、前段(二)において説示したところと同一の理由により無効とすべきものである。(ネ)の投票の相沢の二字を貫く「し」なる字劃、(ラ)の投票の「ワ」に附された余分の字劃は共に誤つて記載されたものと認めるのが相当で、これを以て有意の他事記載とは認め難い、共に原告の有効投票とすべきものである。(ナ)の投票は、「あい長三郎」と判読するのが相当で、これまた原告の有効投票と認むべきものである。

よつて、以上(イ)ないし(ラ)の投票中(チ)(ワ)(レ)の三票を無効とし、他は原告の有効投票とすべきものである。

次に補助参加人は、検証手続において無効投票から抽出した疑義票八票を石井若三郎の有効投票とすべきものであると主張しているので以下、これを判断する。

検証(第一、二回)の結果によれば、被告が無効投票と判定したもののうちに、

第一開票区において、

(イ)  石川と記載した投票 一票

(検丙第一八号証)

(ロ)  右三と記載した投票 一票

(検丙第一九号証)

(ハ)  石川岩三郎と記載した投票 一票

(検丙第二〇号証)

(ニ)  イシノと記載した投票 一票

(検丙第二一号証)

(ホ)  石三と記載した投票 一票

(検丙第二二号証)

(ヘ)  「県会」と右側に、「いい」と左側に記載した投票 一票

(検丙第二三号証)

が存在し、第三開票区において

(ト)  石井と記載した投票 一票

(検丙第四二号証)

(チ)  石川わさぶと記載した投票 一票

(検丙第四三号証)

が存在することを認めることができる。

よつて判断するに、(イ)(ハ)(チ)は、他に石川重郎という候補者の存在することから考えると選挙人の意思が石井若三郎を意味したものであると判断し難いことは、前段(二)に説示したとおりであり、(ロ)(ニ)(ホ)もまた、石井若三郎を意味したものであるかどうか明らかでない。従つて以上(イ)ないし(ホ)及び(チ)を無効投票とした被告の判定は相当である。しかし(ヘ)の投票は、「県会義」「い志い」と判読することができ、本件選挙の日に同一場所で、神奈川県知事、同県議会議員、横浜市長、同市議会議員の選挙が同時に行われたことは前段認定のとおりであるから、「県会義」なる記載は、県議会議員選挙の候補者たることを指示するために記載したに過ぎないものと認められるから、他事記載にあたらないものというべきである。しかして「い志い」なる記載は、「志」が「し」の変態仮名として世上一般に使用せられていることは当裁判所に顕著であるから、右は「いしい」すなわち石井若三郎を指したものであると解すべく、右は石井若三郎の有効投票とするのが相当である。次に(ト)の投票は、「石井実三」と判読するのが相当であるが、「実」は石川重郎の「重」にも音が似ていることから考えれば、重郎の誤りとも思われ、実三が若三郎の誤りであるとは認め難い、従つて右投票は、公職の候補者でない者の氏名を記載したか、公職の候補者の何人であるかを確認し難いものとして無効と判断するのが相当である。

(五)  以上判断したところに従つて計算すれば、

原告    六、九六四票

石井若三郎 六、九五二票

となる。従つて、被告が、石井若三郎の得票数を原告の得票数よりも多いものとし、昭和三十年五月十九日に行われた繰上補充選挙会で原告を繰り上げて当選人としたのは誤りであるとして、原告の当選を無効とする決定をしたのは失当である。

よつて、被告の右決定を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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